こんな雨の降る日


気付いたら今日は朝から雨が降っていた。
外の光が注し込んでこないので、何時まで経っても夜の感覚が抜けない。
昨日はあまり寝かせてもらえなかったので、眠りの準備に入るぽやぽやとした感覚が再び襲ってきた。
でも不快ではない。
この薄暗い空間の中に、気だるく留まっている事がものすごく心地いい。

(起きたくないな…。)

雨の音を聞いていたらそんな風に思った。



「何時からだろう…」

それはぽつりと呟いたジュリアの一言。
他愛もない問題提起の一言。でも独り言の筈だった。
隣で大人しく寝ていた筈の人が「何が?」と間髪入れずに聞いてきた。
それは随分前から目が覚めていた事が伺える。
きっと、ジュリアが起きた瞬間も分かっていた筈だ。
なのに何も言ってこなかったのは、この優しい温もりをまとっているシーツの波から、彼も出たくなかったからなんだろう。
ちょっとだけ同じ思いを共有した事が嬉しくなった。

「おはよ…シゲン」
「ああ」

照れたように笑って瞳を合わせる。
お互いどちらからともなく、引き寄せられるようにして軽いキス。
そうして二回目はシゲンから。
最初は唇をついばむように、何回も何回も飽きることなく繰り返される。
舌で丁寧に口角をなぞられて唇に隙間が出来ると、それはするりと入りこんできた。
深いキスに変わる。
このまま続けて応えるなら、更にその先を求められてきっともう止まらないだろう。
いい加減激しくなってきたその行為を諌めるべく、ジュリアは一旦シゲンの胸を両手で押しやり、 人差し指で自分の唇の前に×印を作った。

「もうお終い」
「…ちぇ」

シゲンはあからさまに不満げだ。
一つ舌打ちをすると、両手を頭の後ろに組み敷いてシーツの波に戻った。

「さっきは何考えてた?」

こちらに向けて問う顔はまだ眠そうだ。
ジュリアもまだ眠い。
再び枕に顔を埋めてうつぶせになる。

「んー…シゲンの事。何時からこんなに好きになったんだろうなぁって…。
ちょっとそう思っただけよ」

へぇ…?とシゲンは片方の眉を上げてニヤリと笑うと、ジュリアの身体ごと自分の方へ引き寄せた。
広い胸に抱きとめられて収まったその場所は、もうずっと前から自分だけの定位置で。
当然のごとく安心感が得られてしまうのはどうしてだろう。

「何だよ、今更。そんな事改めて考える必要があるのか?」

そう言ってジュリアの頬をペロリと舐めた。
そんな風にされたら別にどうでもいいように思えてくる。
でもこんな眠くて生温い日は、そんな『どうでもいいような話』がしたくなるものだ。

「だってね、ずーっと考えてたんだけど分からないんだもの」
「…その言い分だと、随分不本意のようだな。『こんな筈じゃなかった』ってか?」

シゲンはニヤニヤと冗談めかして言ったつもりだった。
頬を染め恥ずかしそうに答える、ジュリアの「そうじゃない」と言う言葉を期待したのだ。
だが、ジュリアから返ってきた答えは、その予想に反したものだった。

「……うん…そうかも」

「…おい…」

眠気も覚めそうなその一言。
ジュリアはこちらを見ずに、まだうーんと考え込んでいる。

「…どういう事だよ。…冗談キツいぜ」

シゲンの顔色が微かに曇る。
以前の彼なら動揺を表す事なんてきっとなかっただろう。
こういう時は静かに口許だけで笑って「そうか」と答えてる筈だ。
色々言いたい事はあるがここはぐっと我慢する。
次の言葉を待っている彼の気配が感じとられたので、ジュリアはようやく口を開いた。

「ふふ、びっくりした?」
「おいおい、俺とお前が一緒になってからかなり経つぜ?
その間、お前は『こんな筈じゃなかった』って思う男と寝てたのかよ?」

シゲンは一つ溜息をついた。さすがに落胆の色は隠せない様子だ。
そんなにショックだったんだろうか?こんなシゲンは珍しい。
ジュリアは可笑しそうに目元を綻ばせながら聞いた。

「何?もしかして拗ねてるの?私の事、呆れてるの?」
「……両方だな」

そこで堪らず枕の中に顔を突っ伏せて、肩を震わせながら声を殺してくくくと笑う。
隣の彼がしかめっ面をして、じっとこちらを見ている雰囲気が露出した肌に伝わってきた。

(可愛いな。意地悪したい気分)

ジュリアはぱっと顔を上げると続け様にこう言い放った。

「シゲンとは違う男の人と知り合ってたらなぁ…って思う時があるのよ」
「……はっきり言ってくれるじゃねえか」
「シゲンは違うの?思ったことないの?」
「…言わねえよ」
「やっぱり頭良いね」
「…ふん」

シゲンの顔は俯いて目は伏せたまま。
ジュリアは構わず続ける。

「こういう事は、思った時に言っとくに限るの。夫婦になったら隠し事は良くないわ。多分」
「ほぉ…」
「昔からシゲンは、人当たりは良くても、実際何考えてるかよくわかんなかった。
悪人面だし、三白眼だし。きっと何も知らない人がシゲンを見たら賊の類だと思うわね」
「その俺と付き合ってるんだろ?」
「それなのに女の人には受けが良いの。私モテる人は嫌い!」
「聞いてねぇだろ…お前。ケンカ売ってんのか?」
「そういう訳じゃないけどね」
「……そういう風にしか聞こえねえけどな」
「だってね、余計な心配ばかりしなくちゃならないんだもの。 それってものすごーく疲れるのよ?」
「馬鹿が。本当に余計な心配だ」
「そうなの?」
「……」

ちょっと言い過ぎたかな?とちらりと彼の方を盗み見る。
やはり機嫌を損ねてしまったらしい。憮然とした表情を作ったままこちらを見ようとしない。
その様子が子供っぽくて、また何だかすごく可笑しくて、含み笑いを漏らしてしまう。
シゲンは面白くもなさそうにまた溜息をついた。
ジュリアは悪びれた様子もなく、シゲンの胸の上に頭を乗せ、甘える猫のように擦りついた。

「…ね、シゲンは私の事を何時から好きになったの?私の何処が好き?」
「……さあな……そう改めて聞かれるとな」
「私達、最初はれっきとした兄妹だったよね。真実を知らなかったあの頃までは」
「…そうだな」
「普通はそれで終わりよね」


そう。ちゃんとした兄妹だったのよ。お父様がこの人に真実を伝えなければ。
でもあれは些細な出来事にしか過ぎなかった。
それでも仲が良い兄妹には変わらなかったから。
『血の繋がりなんて関係ない』くらいに仲の良い兄妹だったから。
これから先も変わるはずもなかったのよ。
それだけなら。


ソレダケナラ


それがどうして変わってしまったの?


「後悔してんのか?」
「まさか!それはないわよ。だって私幸せだもん」

心音の聞こえる場所へ頬を寄せたと同時に、赤く柔らかい髪がふわりと広がる。
シゲンはそっとジュリアの頭に手を置くと優しく髪を梳いた。

「俺はずっと好きだぜ?妹だった頃のお前も。女としてのお前も」
「…それって問題発言」
「ははは」
「笑い事じゃないわよ、『ニ・イ・サ・ン?』」

軽蔑の眼差しをおどけた調子で一瞥くれてやる。
シゲンは笑みで応えたがすぐに沈黙し、しばらく考え込んだ後、真剣な顔で聞いてきた。

「もし…仮に本当の兄妹だったとして…俺が間違いを起こしたなら。どうする?」

ジュリアは思わず眉を顰めた。
シゲンの顔を改めて見て、その心内を探ろうとするが…。
真剣な、怒ってるような顔は変わらなかった。

「…そんなのわからないわ」
「気持ち悪ィかな?やっぱ。お前、逃げるかな?」
「たぶん…そうなるかもね…。でも…」
「でも?」
「本当の兄妹だったらね…そんな事はまず起こらないのが普通」

ジュリアは優しく宥めるようにシゲンの目を見て答えた。

「やっぱり…そう、だよな。普通は」
「やがてそれぞれ素敵な恋人が現われて…お互い違う道を歩み出してる筈よ」
「……なぁ、ジュリア」
「え?」
「兄妹じゃなくて良かったな」
「……うん」

シゲンは目を細めて微笑った。


そうだね。



そっか……
今、思い出した。

変わったのは。


カワッタノハ


変わったのは、15で島を出ていったこの人の所為。
私を置いて独りにして泣かせてそして気付かせた。
シゲンという存在が、どんなに自分にとってなくてはならないかという事。
そして久しぶりに帰ってきた懐かしい人は、私の知らない数年間であなたを大人に変えてしまった。
ドキドキした。
こんな人と兄妹だったなんてね。嘘。まるで初めて会った人。
面影はあるけど、本当にその人なんだろうか?
小さい頃から大好きだった兄さんは、記憶の中にそのまま居る。
でも目の前にいるこの人は、兄ではなく…『シゲン』という男の人で。
恋に落ちたのはたぶんこの時から。
自分でも理解不能な不安定な気持ちが、ふわふわと軽い眩暈を起こしたのを覚えてる。
きっとこの瞬間、他人になった。
またそれを望んだのも私自身。
血が繋がってない事に感謝さえ覚えたの。


思い出した。

これって初恋になるのかな?


シゲンも同じだったのかな?
そう思ってても…いいのかな?


やっぱり好きだって気持ちに嘘はつけないね。
私、あんな酷い事言っててもシゲンしか知らなくていいの。


ジュリアはそっとシゲンの鎖骨にキスをした。赤い小さな花弁が一つ咲く。

「何だ?」
「好き」
「知ってる」
「ごめんね」
「分かってるからいい」
「…いいよ、しよう」
「…途中で止めろって言っても無理だぞ?」
「うん」

また一つ花が咲く。
ついた赤い跡を指先でなぞるとシゲンの大きい手が上から被さった。

「好き。大好きよ」
「今更だって言っただろ?そういう風になってんだよ、最初から」

(最初から…そういう風に…ね)

その答えに思わずにっこり頷いた。
シゲンは身体を反転させてジュリアを組み敷くと、彼女は黙ってその広い背中に手を回した。

「…もう、何も言うな。考えるな。お前は俺だけを感じてればいい」

そう言うとジュリアの白い首筋に顔を埋めた。



ずっとずっと二人で繋がっていたいから。
…今日はもう起きなくていいよね?




雨はさっきよりも激しく強く降り出した。


Fin



*あとがき*

朝からかよ!!
…っていうか、これってシゲジュリなのかよ!?ああそうかよ!!
(@さまぁ〜ず 三村調<好きv)

中身…見て分かる通り、何もねぇ。矛盾してるし無駄に長ぇ…。
うん、でも人の会話って案外そんな感じよね。たぶん。
さらっと勢いよく(笑)見てやって下さい。意味なんてないからさ。

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