SOMEDAY
今日の剣の稽古はとても辛いものになった。
朝からずっと休みなしで、木刀を振り続けている。
手には3つ4つと豆ができていたが、とうとうそのうちの一つが破れて血が滲みだした。
それでも手加減してくれる様子はまったくない。
あまりの苦しさに息が上がり、つい弱音を吐きそうになる。……が、それをぐっと堪えた。
竜聖の技……。
剣士として生きるなら、何時かは覚えなくてはいけない。
父もそうだったのだから、自分にも出来ない訳がない。
だから歯を食いしばって立ち上がる。
今の自分にはそれしか出来ないのが悔しい。
でも……全てはジュリアの為に。それだけを思って、少年は構える。
「……はぁ、はぁ、はぁっ……」
「……どうした、もう打ってこねえのか?
お前の剣にはまだ無駄な動きがある。……自分でそれは判っているんだろ?」
シゲンは、とうとうしゃがみこんでしまった人物を見下ろしながらそう言った。
真実の言葉は、容赦無く心を突き刺し落ち込ませる。返す言葉も無い。
「でも……まあ、良く頑張ったな。今日はこれで終わりにするか」
この優しい一言がなかったら、彼はこのまま泣き出しかねない勢いだった。
「俺……、もっと強くなりたい……」
地面を掴んだ拳をじっと見据えながら、まだ十にも満たない少年が大人びた口調でそう呟く。
今の悔しさは今後の成長の糧となるだろう。
シゲンはそれを知っている。
口元に密やかな微笑をたたえながら「大丈夫さ」と、シゲンは少年の頭をそっと撫でた。
「その気持ちがあれば、お前はきっと強くなるぜ。だから諦めずに、毎日練習だ。」
「……うん!」
ぱっと上げられた顔には、さっきの悔しさは微塵も感じさせなかった。
真っ直ぐな澱みのない瞳がシゲンを射抜く。
その双方の輝きは、とても綺麗な翡翠色をしていた。
「……お前はジュリアによく似ているな」
思わず出た言葉……瞬間、自分でもドキリとした。
その瞳も心も。魂そのものが、愛しい女にそっくりだ。
だから愛さずにいられないのだろうか。だから忘れる訳がないのだろうか。
……子供とはそういうものなのだろうか。
ふと、憎み続けた母、カルラの言った最期の言葉が思い出された。
あれは本当だったのだと……今なら理解できるような気がする。
少年はそう?と首を傾げながら水を飲んだ。
一息ついた所で口を拭うと「二人とも同じ事を言うんだね」と、にっこり笑う。
「ジュリアはね、
『あなたは、父さんの小さい頃にそっくりね。
思わず、シゲン兄さんって言いそうになるわ』
って、よく俺に言うよ?
でもその後、ちょっと悲しそうな、淋しい瞳をして笑うんだ……」
……昔の事を思い出しているのかなあ?……少年は呟いた。
シゲンは思わず苦笑する。
その辺の洞察力の高さは、さすがに血だな……と言わざるを得ない。
しかし、聞き捨てならないのは、彼の口癖だ。
「『母さん』と呼べ」
呼び捨てにしていいのは俺だけだ。そう付け足して。
「はいはい。父さんは母さんの事になると煩いからなあ……。
でもね、父さん。
俺、ジュリアを泣かせる奴は、父さんだって許さないよ?
あんな顔させるのって、全部父さんが原因なんだ。
ジュリアは何も言わないけど……それは判る」
悔しいけど……たぶん、ジュリアは、俺よりも父さんの事を愛しているんだ。
自分にとっても絶対的存在である、父。
尊敬して憧れて、何時かはその場所まで追いつきたいと願う。
逆らう事なんて考えた事もない。
……でも。
ジュリアは俺にとっても大事な人だから……。
大好きな母。まるで少女のような人。何時も笑っていて欲しい。
……だから、これくらいは許してよね、父さん。
「俺は、ジュリアを守るために剣士になるんだ。父さんには任せられない」
少年は至極当然な態度で言う。両方の瞳には揺るがない意思が見てとれた。
そうして屈託ない笑顔をこちらに向ける。
シゲンは少し驚いたような表情をした。
挑戦的ともとれるその態度。……こいつはなかなか油断ならない。
俺は最初っから、任せるつもりはねえよ……。誰にも。
まあいいさ、そういった発言はお前だから許すというもの。
シゲンは口の端を上げて、ニヤリと意味有り気に笑うと「せいぜい頑張れよ」とだけ言った。
ジュリアは元剣士で竜聖の技の会得者であるという事は黙っておく。
わざわざ余計な事を言って、彼を傷つける事もないだろう。
少年は思わせぶりな父の一言に、ちょっとだけムッとしたようだ。
その様子が堪らず可笑しくて、シゲンは声を挙げてはははと笑った。
*あとがき*
「シゲンにとって家族という見解について」というタイトルでも可(笑)
半オリジナル……ですね。すみません。二人の子供が生まれてからの話でございました。
でも…これは実はONEDAYを書いた時からちょっと考えてた内容だったのです。
あと、兄とカルラのイベントを見て…ちょっとそれと関連を持たせたいかな?っていう。
しかし息子…見事なまでのマザコンっぷり(笑)ライバルは父さん。そんな感じ。
息子はきっと「大きくなったらジュリアと結婚するんだ!」と言ってると思います(笑)
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