約束
『ずっとそばにいてね』
あの夜、そう伝えた。
『ああ。側にいる』
あの人は、そう、応えてくれたけれど。
金色の長い髪。白い肌。
兄の腕に抱えられたその人をはじめて見た時から、胸騒ぎが止まらなかった。
ぐったりとした彼女に向けられるやさしいまなざし。彼女は、兄と旧知の仲だと誰かが言った。
体の、心のどこかから、けたたましく警報が鳴っている。いつも隣にいてくれるやさしい兄とは、違う顔。
ジュリアはくるりときびすを返す。
それ以来、兄とはまともに顔を合わせられない。
「火の迷宮とはよくいったもんだ」
「そうね」
隣を歩いているホームズの言葉に、ジュリアは小さく頷いた。地下洞窟に入ってから、どのくらいたったのだろう。
細い通路のために、行軍は長く延びきっている。もちろん、先頭と中央、そしてしんがりには戦闘能力の高いものが割り振られ
足が遅く、防御も心もとないシスターたちを守っている・・・はずだ。最後尾などはもう見えないので断言はできなかったが。
空気が淀んでいた。湿度が高く、ジュリアの顔にも汗が伝う。
「なあ、ジュリア。お前、このところ、おかしくないか?」
しばらくの沈黙の後、ホームズが小声で言った。後ろについているゼノとユニには届かないような、低い声。
「別に」
ジュリアは前を見据えたまま、短く応える。
「・・・だったら、なんで俺と組むなんて言い出したんだよ」
ホームズは追及を緩めない。
これまでずっと、ジュリアはシゲンと組んでいた。戦闘に突入しても、常にお互いにフォローしあえる位置を心がけて。
兄妹だけあって、二人のコンビネーションは素晴らしかったし、ホームズ始め軍にいるものは皆、それを当然だと思っていた。
が。
地下に入ってから、ジュリアはホームズと先頭を行くことを望んだ。
行軍となればホームズが先頭、シゲンがしんがりを勤めるのが慣例となっていることを、知っていたから。
「俺と組むってことは、シゲンと離れていたいってことか?」
「・・・・・」
「その歳で、兄妹ゲンカかよ?」
「・・・・」
「それとも、やっと兄離れできたのか?」
畳み掛けるように続く質問に、ジュリアはきっとホームズをにらみつけた。
言いかえされるか・・・下手すれば2、3発殴られるかも・・・と、ホームズが身構える。
「ホームズ・・・あたし、偵察に行ってくるわ」
「・・・は?」
意外な言葉に、思わず素っ頓狂な声で応えてしまう。だから緊張感がないなどと言われるのだろう。
「このさき、何があるかわからないでしょ。だから、ちょっと行って見てくる。」
言うが早いか、ジュリアは駆け出した。
「おい、ジュリア!迷っちまうぞ!」
「迷いそうならすぐ戻るわ。後ろ、遅れてるみたいだから、少しここで待ったら。」
「おいっ・・・・」
「大丈夫よ。あたしの腕、知ってるでしょ」
一瞬だけ立ち止まっていたずらっぽくそう言うと、再び進んで行ってしまう。
闇が、またたくまにジュリアの姿をかき消した。
慌てて追いかけようとして、ホームズは自分の立場を思い出す。まがりなりにも軍を指揮する身だ。そうそう勝手なこともできない。
小さく舌打ちして、後ろを振りかえると、ゼノたちの姿が浮かび上がってきた。
「あれ?ホームズ、ジュリアは〜?」
ユニが怪訝そうに尋ねる。
「ユニ、悪いが、ちょっとシゲンを呼んで来てくれ」
「・・・うん。」
ホームズの表情と声のトーンで何かあったと察し、ユニが慌ててきびすを返した。
「どうしたの、一体?」
ゼノが心配顔でホームズを見る。
「今のところ、何もないけどよ・・・・たく、世話の焼ける兄妹だぜ・・・・」
胸騒ぎを覚えながら、ホームズは闇を見据えてつぶやいた。
「ここで、分岐か・・・」
ジュリアは細い通路に一人たたずんでいた。ホームズから離れてほんの10分ほどで、道は二つに分かれていた。
左に曲がるか、まっすぐ行くか。
手の中の小さな明かりで照らして見たが、闇の向こうがどうなっているのかうかがうことはできない。
「ちょっとだけ、見てこよう」
ジュリアは迷った挙句、左に曲がる道を選んだ。
1歩、2歩。ゆっくりと進んで行く。人の気配も、生物の気配すら、まったく感じられなかった。
(・・・やっぱり、戻ったほうがいいかな・・・)
不安になって、そう考えた瞬間。
ぼんやりと、闇が薄くなる。ぎくりとして辺りを見まわすと、かなり広く、天井の高い部屋に入っていたことに気付く。
(しまった・・・魔法?)
ぼんやりと明るくなったのは、この部屋にしかけられた魔法の効果だろう。
そして、明るくした理由は一つ。侵入者を排除するため・・・・。
ジュリアはとっさに身構えた。薄くなった闇の中から、巨大な影が現れる。
「ゴーレム・・・・ストーン、ゴーレム?」
思わず、目を見開いた。一体や二体ではない。おびただしい数のストーン・ゴーレムに、いつのまにか囲まれている。
「・・・やるしか、ないか」
覚悟を決めて、ジュリアは小さくつぶやいた。
「大丈夫、ホームズ?」
「痛・・・あのヤロー、思い切り殴りやがって」
心配そうに見上げたユニに、ホームズは大げさに頬をさすってみせた。
「俺が何をしたってゆーんだよ、なあ?」
「よっぽどジュリアが心配なんだね。あんな慌てたシゲン、初めて見たよ」
ゼノがシゲンの消えた方向を見たまま、独り言のようにつぶやく。
「だったら、首に縄でもつけて側においときゃいいだろ。ったく・・・」
「ふたりきりの兄妹だもん。心配して当然だよ。・・・うらやましいな」
ゼノの言葉にユニが応えるように言う。ホームズが顔をしかめた。
「兄妹か・・・」
口の端だけを上げて笑う。
「本当に、手のかかる兄妹だよ、あいつらは」
その言葉の調子に、ゼノとユニが不思議そうにホームズを見る。
しかし、その時、背後から人の気配がして、3人の注意はそちらへと向けられた。後続が、ようやく追いついてきたようだ。
明かりを持ったプラムとエリシャの姿が浮かび上がる。
「よし、俺たちも行くぜ。こんなところでぐずぐずしちゃいられない」
張り切って歩き出すホームズを見て、エリシャが口をひらく。
「何か、あったの?」
キンッ・・・・。
妙に乾いた音をたてて、ジュリアの剣が根元から折れた。
無理もない。堅いストーンゴーレムを、何体倒しただろう。ジュリア自身よりも先に、剣がダメになることは、目に見えていた。
小さく舌打ちして、ジュリアは脱出を試みる。
ゴーレムの攻撃をかいくぐり、腕の下を抜け、出口を目指す。
やっと、もとの道への出口が見えた。もう少し。・・・そう思った時。
「うっ・・・」
激しい衝撃と痛み。ジュリアの体が床に転がる。
ストーンゴーレムのこぶしを、背中に受けたのだ。息がつまり、頭がくらくらした。
それでも、次の攻撃を転がって避ける。立ち上がろうとしたとき、ジュリアは2発目を腕にくらった。
声も出ない。そのまま、再び床に転がる。ストーンゴーレムたちが迫ってきていた。
(踏み潰される・・・・!?)
ジュリアの唇がにいさん、と動いた。そのまま目を閉じる。
「ジュリアっ!!」
脳裏に浮かんだその人の声が、聞こえたような気がした。
人の気配と、剣のあたる音。最後の瞬間は、なかなか訪れない。ジュリアは半ば意識を失っていた。
「ジュリア・・・」
頬に触れる、暖かいぬくもりに、ようやくジュリアの意識がはっきりとしてくる。
「ジュリア?」
もう一度、問い掛けられた声が、かすかに震えているように聞こえた。だいすきな声。けれど、初めて聴くような、その声。
ジュリアはゆっくり目をあけた。
「にいさん・・・」
「ジュリア・・・大丈夫か?」
「うん、ごめんね兄さん・・・」
ジュリアは兄に向かってかすかに笑って見せる。シゲンはそっとジュリアの半身を起こした。
「すぐにシスターたちが来る。」
「平気よ」
立ちあがろうとするジュリアの体は、しかしシゲンに抱きすくめられていた。
「もう、こんな思いはごめんだ」
シゲンの声が、ジュリアの耳元で低く震える。
「俺の側にいろ。ずっと、守ってやっから」
(そばにいて、いいの?)
そう言葉に出しかけて、ジュリアはゆっくり目を閉じた。あたたかなシゲンのぬくもりを、震える声を、信じたいと思ったから。
「うん」
小さくそう頷いて、ジュリアはシゲンの胸に顔をうずめた。
「まったく、なにやってんだかな〜」
「ちょっと、入りにくい雰囲気ですよね・・・」
ゴーレムの間の入り口で、プラムとホームズ、それにゼノが顔を見合わせる。
「さっさと行って、杖振ってこいよ、プラム」
「え〜・・・でもお邪魔じゃないですか?」
抱き合ったまま動かないシゲンとジュリアの影を遠目に見て、3人はなかなか動けずにいた。
「急いでるんだよ、俺は。あいつらに付き合ってられるか。ばかばかしい。」
「なら、ホームズが行けばいいだろ」
そう言いながら、ゼノが癒しの果実を差し出す。
「うっ・・・」
言葉に詰まったホームズは、しぶしぶと癒しの果実を受け取った。
顔をしかめながら、今日何度目かの悪態をつく。
「まったく、難しい兄妹だぜ」
『俺の側にいろ。ずっと守ってやっから』
『うん』
その約束は、破られることはなかった。
死が二人を分かつまで。
終
な・・・長い・・・かな?とにかく私にしてはかなり長い話になってしまいました。
大好きなシゲンXジュリア。シエラの存在に揺れるジュリアのシリアスなお話・・・のつもりだったんですが
ホームズがっ。(笑)
奴にシリアスは無理なのでしょか?この終盤の辺はホームズもシリアスなはずなのにな〜、おかしいなっと。
例のイベントこなしてますから、シゲンXジュリアエンディング前提でお読みくださいませv
ここまでお付き合い頂いて、ありがとうございました。