愛の才能

 

シエラを助け出した時、ホームズはなんと言っていたっけ?

『お前はそんなツラして女どもに受けがいい』

ああ、たしかそんな風に言ってたな。

『まったく、お前のどこがいいのか、理解に苦しむぜ。・・・まあ、コレも才能の一種か』

ああ、そうだ。そう言っていた。

恋愛の才能か。

そんなモンがあるなら、こんな気苦労はないだろうよ。

 

 

「ジュリア。お前、本気なのか?」

さんざん探し回って、やっと見つけた妹の態度はしごく冷ややかなものだった。

「なんのこと?」

視線も合わさず。立ち止まりもせず。

「ホームズと先頭を行くって志願したって、聞いたぞ」

そう。たった今、当のホームズからそう告げられた。

『ジュリアは俺と先頭で行くって言ってるぜ?』

ケンカでもしたのか?と言外に訊きたげな相棒を置き去りにして、シゲンはジュリアを探していた。

明日からは、火の神殿の地下に潜る。

地下に入れば行軍は長く伸びるから。ホームズは先頭に、シゲンは最後尾に。

それはいつもの慣わし。

「そうよ。私はホームズと行く。兄さんが一緒に行きたい人は別にいるでしょう」

「何言ってんだよ・・・お前」

「もう決めたの。」

「待てって。」

まったく自分を見ようともしないジュリアの腕を、業を煮やして引き寄せる。

「何考えてんだよ、お前は」

「・・・・」

うつむいて、あくまで自分を見ようとしないことに、頭に血が上りそうになる。

「言いたいことがあったら、はっきり言え!」

珍しく、少しだけ声を荒げるシゲンに、夜営の準備に追われている仲間たちが驚いて振り向いた。

「離して。もうかまわないで」

そう言うなり激しく腕を振り払ったジュリアは、結局シゲンを見ることなく走り去ってしまった。

「・・・・勝手にしろ」

見送ったシゲンが、口の中で呟く。

振り向くと、ユニとリーリエが慌てて視線を逸らすのがちらりと見えた。

まったく、自分らしくもないと自嘲気味に笑う。

 

思い当たることはある。

ただ、再会の喜びにのぼせ上がっていて、すぐに気付いてやれなかったから。

気付いた時にはジュリアが自分を避けるように逃げ回って、弁明の機会すらなかった。

「ずいぶんと派手に振られたわね」

楽しげな声に振り向くと、月を背にしたかつての恋人。

長い黄金の髪に月明りが映えて、今夜も彼女は美しい。

「妹さんですって?」

探るような口調は、多分気付いているからだろう。

「血は繋がってないけどな」

「・・・・念を押さなくても、わかっているわ」

ほんの一瞬、寂しげな瞳をみせたシエラは、しかし優しく微笑んだ。

「あなたのあんな顔、見たことない。」

「・・・・」

「あなたがガーゼルを抜けると言い出して、私が思いきり罵ったときだってあんなに情けない顔してなかった」

シゲンは片手で顔を覆う。

それを見て、シエラは、ますます楽しそうに続けた。

「いつもの余裕はどこへやら・・・ね。」

「・・・・言ってろよ」

漸くそれだけ言い返したシゲンに、シエラはすっと真顔を取り戻した。

「離れてはダメよ」

「あ?」

「取り戻せなくなることがあるから」

「シエラ」

「本当よ。」

そう言って、シエラはもう一度柔らかく微笑む。

・・・・こんなふうに笑うことができるのは、シゲンがいたから。

心の中で、そっと想う。

 

出発の朝。

ジュリアは相変わらずシゲンと目も合わせようとしない。最後尾にはジュリアに変ってアトロムが配された。

表面上はいつも通りを取り繕ったシゲンを、しかし仲間達はどことなく遠巻きに眺めている。

「ケンカでもしたの?」

ざくりと訊いてきたのは銀髪の魔道士ただ一人。

「まあな」

「あの人・・・シエラ、だっけ?あなたの恋人?」

まったくもって、手加減というものを知らないエリシャの言は、今のシゲンにはかえって心地良い。

「そうだったこともある」

「なるほどね」

納得した、と言うようにエリシャは頷いて見せた。

「それで、ジュリア拗ねてるの」

ふっと笑顔を見せる。存外、この毒舌の魔道士と妹君は仲が良い。

「いいかげん、兄離れするいい機会だとは思うけど」

彼女はシゲンの家庭の事情を、未だ知らずにいる。最も仲間のほとんどが知らない事だが。

「でもね、今っていうのが良くないわ。多分、一番辛い戦いよ。あなたにはジュリア、ジュリアにはあなたが必要だと思うけど」

「ご忠告、感謝するぜ。あいつにも言ってやってくれ」

「バカね、もうとっくに言ったわよ」

 

残念ながら、忠告は生かされることができなかった。

緩やかに下る狭い洞窟。やけに湿度が高い。

行軍はもう伸び切っていて、小さな明かりではすぐ前を歩く者も見えない。

・・・暑いな。

そう思った時。

ちらちらと動く明かりが、近づいてくるのが見えた。

「?」

「シゲンっ」

闇から姿を現したのは、小柄な少女。

「ユニ・・・。どうした?」

暗く狭い洞窟を、それでも全速力で走ってきたらしい。肩が激しく上下している。

「ホッ・・・・ホームズが、呼んでる。」

「何かあったのか?」

一瞬で緊張が走る。

「わかんない。でもね、ジュリアがいないの・・・」

ああ。

”離れてはダメよ” ”今っていうのが良くないわ”

頭の中で、彼女たちの言葉がぐるぐると渦を巻く。

気がつくと、不安定な地面を蹴って駆け出していた。

何事かと振り向く仲間たちの横をすり抜けて。ときには壁の岩肌に皮膚がこすれていたけれど、痛みなど感じなかった。

「ホームズ!!」

闇のなかに、漸く長身の相棒を見つけて、シゲンはほとんど叫ぶようにその名を呼んだ。

「シゲン、あのな」

「ジュリアは!?」

自分の声ではないみたいだ。どこかでそう思った。

「あいつ、一人で奥へ入って行ったんだよ。止めたんだが」

「なんだって?」

「偵察とか言ってよ。どうも心配な・・・・」

ホームズの台詞を待たずに、シゲンは力任せに拳を叩きつけた。

「バカ野郎!」

ほとんど八つ当たりの暴言を投げ捨てると、シゲンは再び走り始める。

残されたユニとゼノが、あっけにとられてそれを見送った。

殴られたホームズの呻き声で、ユニが先に我にかえる。

「大丈夫?ホームズ・・・」

 

シゲンが足を止めたのは、路が二手に分かれていたからだった。

立ち止まって、呼吸を整える。

耳を澄まし、目を凝らし、シゲンはジュリアの気配を探す。

滑稽だな、とどこかで思う。

ガーゼルでは、ゾーアの魔剣士と呼ばれていた。グラナダでは、命がすり切れるぎりぎりのところを生き抜いて来た。

・・・・安穏な人生では、決してなかった。

それでも。

こんなふうに、取り乱したことなどなかったのに。

こんなふうに、失うのを恐れたことは、なかったのに。

思いついて、小さな明かりを手のひらで覆う。

暗闇の中で、左に折れた通路の先がわずかに明るく見えた。

かすかな、金属音。

弾かれるように走り出す。

胸騒ぎは止まらない。

 

目に飛びこんできたのは、ストーンゴーレムの群れ。

そして、その足元に転がる人影。

瞬時に身体が反応して、ストーンゴーレムに切りかかった。

「ジュリア!!」

横目でちらりと見た妹は、ぐったりと動かない。

「このっ」

奥歯をぎりっと鳴らして、魔剣をひらめかせる。心など持たないはずのゴーレムたちが、ひるんだようさえに見えた。

鬼神のごとき剣技で、石の巨人たちを次々になぎ倒す。

最後の一体が、どうと地面に崩れ落ちると、シゲンはジュリアに駆け寄った。

「ジュリア・・・」

そっと頬に触れる。暖かかった。

それだけで、涙が出そうになる。

呼吸を確かめ、額にかかった髪をかきあげてやると、ジュリアはわずかに身じろいだ。

「ジュリア?」

ゆっくりと、目を開く。

「にいさん・・・」

「ジュリア、大丈夫か?」

「うん。・・・ごめんね、兄さん」

やっと合わせてくれた瞳が微笑んだ。シゲンはジュリアをそっと抱き起こす。

「すぐに、シスターたちが来る」

「平気よ」

それほどの怪我じゃないわ、と立ちあがろうとしたジュリアをシゲンは迷わず抱きすくめた。

驚いたジュリアの瞳。

二度と、この手から逃さないように。

「もう、こんな思いはごめんだ」

懸命に言葉を捜す。どう言えば伝わるのだろう。いつも答えは見つからなくて。

「俺の側にいろ。ずっと、守ってやっから」

囁いた精一杯の言葉に、妹は、・・・ジュリアは、小さく頷いた。

 

 

もしも、俺に恋愛の才能ってやつがあるとしても。

肝心な時に役に立たないソレを笑え。

 

 

 

 

 

 

『約束』のシゲンサイドです。
ネタの使いまわしと言われても仕方ありませんが(苦笑)どーしても書きたかったので!!書きました。
だって、書ききれなかった事が一杯あって、納得いかなかったし。シエラさんとか、エリシャとか、書きたかった。
なにより、シゲン視点のほうが書き易いとゆーのもね。おたおたするシゲンは楽しかったです。(怒らないでね)
まあ、管理人の道楽だと思ってどうかお許しを。

ちなみに題名、『愛の才能』は、好きな歌からお借りしましたv(←そういうの多いです私)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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