呪縛


「危なっかしくて放って置けねぇよ、お前は」
からかい半分にそう言ってくるあなたに。
「なによ、それっ!」
顔をしかめて拗ねて見せても。
宥めるように髪を撫でる仕草が、優しい眼差しが。
本当に、大好きなの。
失うことなんて、できないの。


ベッドに横たわる男の身体には幾重にも巻かれた包帯がある。
カトリが癒やしてくれてなお、残った傷。
己の力不足だと彼女は嘆いたけれど、そんなことはないのだと思う。
「悪いのは…兄さんなんだから」
こんな、こんな傷。
生きているのが不思議なくらいの怪我までして。
身勝手だ。本当に身勝手だと、そう思う。
「危なっかしいのは…どっちよ…」
彼女が少しでも無茶をすれば烈火のごとく怒るくせに。
自分はこんな馬鹿な真似をする。
いくら彼が強いといっても、相手が悪い。
ゾーアの魔剣士とシュラムの死神。
どちらも名高い二人の剣士が。
戦って…そしてどちらが勝つかなんて、わからないのに。
共倒れになってもおかしくないほどその実力は拮抗していると。
剣を握るものとして、ジュリアだって分かっていた。
「人のこと煩く言う前に自分の行いを改めなさいよ」
その場に居合わせたわけじゃない。
知らせを聞いたときにはもう全ては終わった後で。
血にまみれた2人がいた。
「無茶はするなって、それってこっちのセリフだわ」
泣いて取り乱すばかりのジュリアに。
ホームズが髪を撫でてくれた。
いつもシゲンがそうしてくれるように。
「これだから…男の人って…」
発端は緑の髪の女だときいた。
それはけして愉快なことではなかったけれど。
それほど腹は立たなかった。
たぶん、それはきっかけにすぎない。
本当の理由は別にある。
強い相手と剣を交えること。
彼はそれを求めたのだ。
昔、自分を置いて島を飛び出していったあの日のように。
「ほんっと、ばかばかばかばかばか」
相手が眠っているのをよいことにここぞとばかりに悪態をつきまくる。
彼の意識があるならばここまで好き放題に罵ることなんてできない。
その瞳に映る自分の姿を見たならば。
…きっと…。
ふいに目の前を何かが掠め、頬に触れる。
それが彼の手だと気づくのにしばらくかかった。
「好き放題、言いやがって」
開かれた瞼の奥に赤い色彩。

「…!」
だからやっぱり、泣いてしまった。
私を見てくれて、ありがとう。
生きていてくれて、ありがとう。
だって私は。
私の心は。
あなたがいなければ、死んでしまう。

「自業自得だわ…」
節くれだった指が涙を拭う。
その温かさが嬉しくて、余計に涙が止まらない。
泣き止まないジュリアをシゲンは諦めたようにそっと引き寄せた。
「心配、させたか?」
「…死んじゃうかと、思ったわ」
頬に触れるのはざらざらした包帯と温かい肌。
横たわる男の胸に頭を預けたまま、そっと呟く。
己がもたらす振動が彼の傷に障らぬよう、気を配りながら。
「これくらいの傷じゃ死なねぇよ、俺は」
瀕死の重傷をそんな言葉で片付ける。
「違うわよ」
だからジュリアは呪文を唱える。
もう二度と、彼が無茶をできないように。
「死ぬのは、私」
それが「女」に対するものでなくても。
溺愛されている自覚はあるから。
だから。
これは呪縛。
「…おまえ…」
呆れたような声音に微笑みを返す。
「世間にもまれて…私もずいぶん、強かになったでしょ?」
無茶をするなと頼んでも素直にきいてくれるような人ではないから。
こんなふうに、脅してみる。
「でもね、嘘じゃないわよ」
あなたなしでは生きていけない。
それだけは掛け値なしの本音。
「…ジュリア」
つかまれたのは左腕。
彼の指が辿るのは消えない傷跡。
グラムの森でヴェガによって斬られた痕だ。
それは小さなものであったけれど。
目ざとく見つけたシゲンは随分気にしていた。
塞がった傷に痛みはない。
けれど労わるように触れた唇に焼けつくような熱をもつ。
「言っとくが、お互い様だからな?」
さらりと告げられた言葉がジュリアを絡めとる。
優しい優しい、言葉の檻。

私があなたなしでは生きていけないように。
あなたも、私なしでは生きていけないのだと。

そう、思ってもいいのならば。
ほかにはもう、何もいらない。






今回はジュリアの独白っぽく文を細切れにきってみました
ちょっと読みにくいかな〜?
でもま、たまにはいいでしょう★
こっそり、ホムジュリ的描写があるのはご愛嬌(苦笑)

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